◎ IDRO JAPAN のプロジェクト◎

● IBUKI プロジェクト 古民家再生

 

 

今回、伊吹邸という貴重な伝統家屋を守るため、我々は独立NPO法人を立ち上げ、牡鹿半島の皆さんがコミュニティ・センターとして利用できる建物を修復することにしました。
そのために私たちは以下のサポートを募っていきます。


・土地の購入を行うためにひと坪単位で支援してくれる「坪スポンサー」

・トイレ、流し台、空調設備(各三台)を支援してくれる企業

・寄付を通して、建材やプロジェクトの費用を支援してくれる方々 

<いぶきの家屋とは>

 

 

 この建物はもともと、地域でも有力な一族の邸宅で、他の質素な漁師の家屋とは一線を画す存在でした。広さは約180㎡、鯉の泳ぐ池のある庭園と蔵に囲まれたこの家屋は、いわば宮殿の趣きがあり、一昨年のような災害が起こらなければ、あらゆる状況下で保存されていたであろう家屋であります。


 不幸にも、我々が支援活動を行った様々な村落において、せっかく津波災害を逃れたにも関わらず、このように貴重な建物が政府自治体の政策方針によって破壊されるのを、私たちは目の当たりにしてきました。
 例えば、雄勝地区の築300年におよぶかやぶき屋根の家、また、国内でもここだけと思われる、交番所の役割を果たしてきた、田代港の茅葺きの家屋、更に尾ノ崎の、江戸時代にこの地で1,2を競い合った家柄の氏族の建てた2軒のお屋敷、などなど、いちいち挙げていったらきりがありません。
 上に挙げたこれらの建造物は全て、津波被害には無傷でしたが、行き当たりばったりの政策の名のもと、全壊の憂き目に遭いました。

 

このような建物全てを救うことは出来ませんが、さしあたり、この一軒の家屋に焦点を合わせていこうと決めました。


行政の変化に伴う家屋維持の状況とプロジェクト内容
 会議は、プロジェクトの進捗状況の説明から始まりました。
 家屋の瓦礫撤去などの清掃は行われましたが、以下の原因によりプロジェクトの進展は遅れております。
1.(国や県の方針がなかなか決まらないために)市が、新たに建造してもよい建物の種類や地域を明確に示すことが出来ないため。
2.先行きが不明な事業にエネルギーを消耗したり、不完全な仕事をしたくない建設業者の資金的懸念。
3.本プロジェクトをどこからどのように始めるかという問題。
 ある地元の有力者は建物のスレート屋根の葺き替えから始めるべきと主張し(現在雨漏りはしておらず、緊急ではないが、将来のいつか屋根の葺き替えが必要になるかもしれない)、これを実行すると、プロジェクト費用に4ー5百万円(約5,000ドル)の上乗せとなります。

 そしてこの秋、地主さんは建物を壊して土地を売るという事を考え始めました。
というのは、市の決定により、平均潮位よりも6m低い土地を危険地帯とし、宅地としては利用禁止とし、企業・工業用の建物のみ建設しても良いと発表したからです。
 この決定により、市は平均潮位よりも6m低い土地を坪12,000円で買い取ると発表し、いぶきの家屋の敷地の3分の2がこの地域となります。
 この市の計画はこれまで土地オーナーの努力の足かせとなっており、将来払わなければならない不動産税や、今回の市の決定の結果として今後生じてくる地価の下落などを考慮に入れると、家主さん達はいっそ売却してしまった方が良いのではと迷っていました。
 市によると、今年2012年の12月31日までに申し込めば、津波被害にあった建物の取り壊しを無料で受け付けるということ。
従って、我々が最終決定を行うまでに時間の猶予は1ヶ月間しかありません。

 いぶきの家の家主さん達との会合では、市の提示額と同額で、土地と家屋の両方を、いぶきプロジェクトチームに購入してもらえないかと、打診がありました。
 土地の面積は300坪あり、不動産取得税と登記料を含めて約400万円。その間、地元と県のエージェンシーたちとの何度かの会議は強力な支援を受けてきました。
 別のグループ(Arcade)は、くぐなり浜(おやじプロジェクトを行った浜の近く)の修復工事を提案し、これはこの地域の生活や観光の復興の取り組みの一端となる可能性があります。また、東北の草の根運動グループ(がんばってちゃ)も、311の災害後の地域の復興を目指しています。

 我々は、土地の購入を進める決定をし、土地の所有と維持管理を行うことを目的とする独立NPO法人を立ち上げ、牡鹿半島の皆さんがコミュニティ・センターとして、イベント会場として利用できる建物を修復することにしました。

小学校のの隣にあるので、学童保育所として理想的な立地条件です。また、観光業が復活すれば、レストランやカフェとして利用することも可能なので、そういった今後の可能性を踏まえて建物の修復を行おうと考えています。
■「第1段階」では、
1㎡4,000円、または1坪12,000円での支援を呼びかけることにより、土地を購入することを提案。繰り返しになるが、土地購入には、不動産取得税や登記料を含めて全体で約400万円(約5000ドル)かかる。地主さんたちは、支払いはゆっくりと時間をかけても良いということで合意してくれたので、即座に支払いを済ませる必要はないが、契約を結んで手続を完了させる必要はあります。
■「第2段階」では
多目的コミュニティー・スペースとして、まず地域活動の拠点を提供する目的で、年内に家屋の修復を始めます。家屋修復のためには、すでに約500万円の寄付が寄せられています。
家屋の内部の瓦礫撤去及び床下の泥のかきだしは終わっています。建物の囲い部分は、津波後の混乱によって、ドアや窓は全て壊れたため、全部で74枚のドアと窓、建物の基礎から外れてしまっている数本の柱を建て直します。
■「第3段階」では
2013年1月から7月にかけて、電気・配管・ガスからはじめ、大工仕事、左官仕事を行って、家屋の修復を行います。地域住民やボランティアの人たちの手助けが必要です。

そこで、必要となってくるのは、

・土地の購入を行うためにひと坪単位で支援してくれる「坪スポンサー」

・トイレ、流し台、空調設備(各三台)を支援してくれる企業

・寄付を通して、建材やプロジェクトの費用を支援してくれる方々 です。

今後また情報を更新していきます。

★東北の福貴浦で櫓を組み立てる! 2012/7月19日〜30日

8月の日本には「お盆」という大きな行事を中心に時が流れます。これは、さまざまな儀式を通して、この時期に現世の家に帰ってくる先祖の魂を迎え、供養する行事です。「盆踊り」は一連の儀式のうちの1つです。福貴浦(ふきうら)という東北の漁村で使われてきた盆踊りの櫓は、多くの村民の命と共に、3.11の津波に流されてしまいました。(「お盆」及び「盆踊り」については下記を参照してください。)

 

去年の8月に盆踊りを開催出来れば、福貴浦の人々にとって素晴らしいことだっだでしょうが、実際には、友達や愛する人を失った悲しみがあまりにも大きく、周囲を取り巻く現実があまりにも恐ろしかったため、お盆を祝うことは中止となりました。

 

世界中に大きな衝撃を与えた3.11の災害から1年余を経た今年、福貴浦の住民の方々は、長年の習わし通りお盆の行事を行い、お盆に亡くなった方々を供養するとともに、将来を待ち望みたいと思うようになってきました。しかし、かつて美しくのどかだったこの漁村に、僅かな住宅が残るばかりで、多くの人は村から避難して仮設住宅に入ることを余儀なくされました。そして、祭りのための道具類の一切合切は津波で破壊されてしまったままです。

IDRO Japan による支援活動

 

IDRO Japanは、福貴浦の住民方々から、この8月だけでなくその後末永く盆祭りで使用する「櫓」を組んでもらえないかという依頼をいただいております。IDRO Japanは、京都の大工さんのボランティアたちの共同作業で(道具や部材の揃っている)京都で櫓を組み、それをばらばらにして東北へと搬送し、福貴浦の盆踊り会場で組み立て作業をしていただき、8月6日から始まる予定のリハーサルに間に合わせたいと思っております。

 

IDRO Japanは、櫓を組むのを手伝っていただける大工さんの募集と、このプロジェクトのための部材購入のためのご寄付を募集いたしております。

ボランティア等による支援活動の詳細につきましては、IDRO Japanのディレクター、ロブ・マンゴールド宛てに、下記の連絡先までご連絡いただきますよう、お願い申し上げます。福貴浦にこれから作ろうとしている櫓は、盆祭りの中心となり、代々受け継がれてきた地域の人々が一堂に会する大黒柱の役割を果たし、生き残った方々の生命と生活を祝うとともに、亡くなった方々の魂を慰め敬う大きなよすがとなることでしょう。なにとぞ、ご協力をお願い申し上げます。


「お盆」と「盆踊り」について。

お盆とは、もとは仏教・儒教に由来する習慣でしたが、次第に、年に一度家族や親族が親元や在所に集まり、先祖代々のお墓を掃除したりお参りしたりし、年に一度、その家のお仏壇に帰ってくるご先祖の霊を迎える準備をする行事となっていったものです。お盆は亡くなった先祖を供養し、ご先祖が子孫である私たちのためにしてくれたこと全てを記憶にとどめると共に感謝し、現在生きている私たちの生活なかでご先祖の存在を敬う行事です。日本では500年以上もの間お盆を祝う習慣があり、「盆踊り」として知られる祭りがそこに含まれています。

 

「盆踊り」は、「櫓」と呼ばれる、祭りのために特別に組まれた木造の塔の周囲に大きな円を描くように踊る踊りです。「櫓」は通常、楽器を演奏したり歌を歌ったりする囃子方(はやしかた)のための野外ステージの役割を果たします。踊りを踊ることによって、現世の生命を尊び、亡くなった方の生命を偲びます。

 

★春の東北キャンプ〜  2012/ 2月下旬〜3月12日

IDRO Japan は復興支援活動のため、2月下旬から3月12日まで東北戻りました。

 

神戸ヒューマン・シールド、イッツ・ノット・ジャスト・マッド(INJM)、日本財団、絆ネットワークと共に活動をしながら、IDRO Japanは以下のプロジェクトのため、資金源提供、物資運搬支援、道具類提供、ボランティア派遣などを行いました。 

NY1というテレビ局の取材があり、その様子がアップされています。(英語のみ)

 

+++++完了プロジェクト++++++++

 

◎ 親父プロジェクト

「親父の居場所プロジェクト」は、十八成浜漁港の集会所として地域の人々が利用するための小さな建物を建設するというもの。津波災害以前は、たくさんの男衆が、コミュニティ・センターに集って、カジキマグロの角などを細工して漁具にするなどの工芸や、無線教室、情報交換 などを行っていました。 津波により、この小さな漁港はほぼ完全に破壊されてしまったので、地域の人々は、待ち合わせや寄り合いをするためにみんなで使える建物が欲しい、工芸品を作るなどの交流活動をするための小さな場所が欲しいと言っていました。津波に見舞われる前には、こういった活動を行う場所があったからです。

チームは、地元の大工さんを雇いました。この方は、金属釘を使わずに、建物の造作工事を行う、火打梁(きゅずばり・ひうちばり)という伝統技術を持っておられる方です。ボランティアたちが手伝い、4日で建築作業を終わらせました。昔ながらの伝統的な建物のほとんどが倒壊したので、このプロジェクトの建物は見る人に、この小さな漁村の誇りと伝統を彷彿させ、次世代の人々に伝統的な建設技術の工芸美の象徴として受け継がれていくことでしょう。

 

◎ ふちこさんの家

鹿立浜では、3月11日の津波で2軒の家以外の全ての住宅が倒壊しました。ふちこさんという女性は、自宅の1階部分が津波にえぐられてしまったので、2階部分で生活をしてきました。去年の秋、IDRO Japanは、床板をはがして大量の泥を取り除き、1階部分をきれいにするのを手伝いました。今回の支援の旅では、DRO Japanが1階の再建をすべく、新しい石膏ボード、合板、床板を持ち込み、リビングキッチンエリアを清潔で居住可能な空間にしました。

 

◎ 小さな工場プロジェクト

小渕浜もまた、壊滅的な打撃をうけた漁港の1つです。住民の1人が、養殖わかめと牡蠣の処理作業のために使う工場兼倉庫(地元では納屋と呼んでいる)の建物の立て直しを始めていました。この建物が出来上がれば、漁具や網をしまっておく納屋としてのみならず、収穫期には最高15人の作業員が炊事寝泊まりをするための場所となり、また以前に家主さんがこの場所をボランティアたちの寝場所に提供してくれたこともあります。

家主さんが建物の枠組みを鉄筋で完成させていたので、ボランティアたちは、側面のセメント板、頑丈な床板、断熱材を取りつけました。側面用の羽目板はCaroline Poverさんが募ってくださった基金で購入されました。IDRO Japanは今後も、もとあった事務所をきれいに改装して、再び事業の発信地となるようにし、さらにそのとなりの部屋を開けて海産物のパッケージセンターにするなど、工場プロジェクト支援を続行していく予定です。

 

またボランティアたちは、小渕浜の木村さん宅が、大工さんに建て直しを始めてもらえるように、建物の1階部分の内部を壁だけを残して解体したり、からごみや瓦礫を撤去したりして、準備すべく忙しく働いています。

 

◎ 長面の公民館

長面(ながつら)もまた、IDRO Japanが折に触れ、漁業協同組合が使用するための建物の建設に地域のボランティアたちと共に、活動した地域です。漁協の建物の面積は26㎡になる予定で、地域の漁師さん達の事務所や倉庫として使われることになっています。長面は山から清水の流れ込む塩水湖から収穫される準淡水牡蠣の養殖で有名です。

 

◎ 尾ノ崎の公民館

尾ノ崎の公民館は、人の背丈よりも高い津波が押し寄せたために大変なダメージをうけました。IDRO Japan は12月に床の修繕準備を整え、今回の旅で、やっと、床の張り直しをすることが出来、この集落の人々がもう一度、寄り合いを楽しむ事ができるようになりました。

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謝辞

IDRO Japan の東北支援活動を応援してくれている全ての友人たちに感謝します。とくに、Caroline Poverさんには多額の寄付金を頂き、ありがとうございました。頂いた寄付金は工場プロジェクトのために有効に使わせていただきました。 また、京都の伏見倉庫さんの社員の方々には、御社からの寄付金をフローリングと合板購入に使わせていただき、さまざまなプロジェクトにおいて有効に使わせていただくことが出来ました。本当にありがとうございました。

 

   リンク

 

 

★IDRO Japanの夏の東北支援活動キャンプ

IDRO Japanは、2011年7月15日から8月30日までの7週に渡り東北支援のためのキャンプ活動を行い、50名以上の有志が東北に集い、IDRAC、日本財団、RQ、ピース・ボート及び、石巻市内のボランティア活動拠点の「絆(きずな)」のスタッフ等々の様々なグループの方々と協力しながら、支援活動を行いました。IDRO Japanのボランティア活動は、金華山(きんかさん)・網地島(あじしま)・田代島(通称、猫島)の3島、及び、牡鹿・雄勝の両半島沿岸の、船越(ふなこし)・小網倉(こあみくら)・小渕浜(こぶちはま)・大原(おおはら)・鹿立(すだち)・尾ノ崎(おのさき)をはじめとする多数の集落など、さまざまな地域で行われました。また、IDRO Japanは、8月初頭の洪水後の支援活動のため、福島県金山町に12名のボランティアを送ったりもしました。
IDRO Japanの、7週間の活動期間の成果は、
* 複数集落で、半壊して危険な状態となった建物家屋の解体作業。
* 津波による塩害で立ち枯れになった樹木の伐採。 
* 訪れた全ての集落で、何にもわたる海岸線に打ち上げられた、ガレキ・漂流物の撤去、清掃作業。
* 尾ノ崎の神社の参道の鳥居を、9月9日の秋祭りに向けて、修復・再建。
* 尾ノ崎の個人宅にて、壊れた家具の修理・修復。
* 複数の集落で、ドアや窓を修理し、ガラスや網戸を設置。
* 何十件もの家屋の床板の張り替え。
* 牡蠣加工施設の羽目板の張り替え。(現在加工場として使用中)
* さまざまな地域で、何トンにも及ぶ泥や瓦礫の撤去。 
* こがねやま神社の、地震で傾いていた石碑を元の位置に戻し、社(やしろ)を修繕。
* 蚊帳、蚊取り線香、虫除け、市販薬、飲料水、その他多数の日用品を寄贈。 
* 笑顔と活動を通じて、日本のいっそうの国際化に対する、関心と理解を促し,
* そして、望むらくは、共に活動した50人余の有志の人の人生を変えることが出来たのではないか、と。